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短編小説『インナー・シティ・ブルース』#ゴーイング・アンダーグラウンド八重洲②【期間限定公開】

Decolenの「エンタメ番長 揃い踏み それ、気になってた!」でおなじみ長谷川町蔵さんによる短編小説集が発売に。歴史ネタやポップカルチャーの要素を盛り込み、1作品ごとに青春群像劇やサラリーマンもの、ラブコメ、街歩き、家族もののスタイルを取り入れた痛快エンタテインメント小説です。今回はで連載中の『インナー・シティ・ブルース』の単行本スペシャルバージョンを5月31日までの期間限定(6月1日11:59には全文非公開)で無料掲載いたします。お見逃しなく!

長谷川町蔵(スペースシャワーネットワーク)

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俺は八重洲地下街の住民になったのだ

photo/shutterstock

 雨ちゃんの言う通りだった。
 一年前、経営企画部次長だった沼水は、AIを用いたネット営業を導入するかわりに俺の部署を解体しようとした。俺はカッとなり、思わず奴を殴ってしまった。会社からは自己都合扱いの退職にしてはもらったものの実質クビだった。真相を知った妻は怒り、俺は辰巳のタワーマンションから着の身着のままで追い出された。息子ともそれっきりだ。
 一旦は広島の実家で世話になろうと思って、新幹線に乗りに東京駅まで来た。でもこの地下街で夕飯を食べ、喫煙所で一服しようとしたところで、偶然見てしまったのだ。警備員が第三班防災用品収納庫と書かれた扉のテンキーを押している手元を。
 警備員が去ったあと、テンキーを押してみたら扉はあっさり開いた。中には人が寝られるくらいの十分な奥行きがあった。あとは想像の通り。俺は八重洲地下街の住民になったのだ。
「よく分かったね」
「わたしは松陰神社前に住んでいるんですけど、一番上の姉が豊洲に部屋を借りていて、たまにそっちに泊まっているんです。ザ・カナルタワー豊洲ってご存知ですよね」
 俺が不動産子会社に出向していたときに用地取得して開発したマンションだ。一軒だけ立ち退かない店があって、そこんちの赤ちゃんを褒め称えたりして大変だった思い出がある。
「だからわたしも豊洲から有楽町線に乗って有楽町駅からここまで歩いてくることがあるんです。でも国際フォーラムを通ってここに六時三〇分に行くことはできないんですよ。あそこの地下通路がオープンするのは七時なので」
 ダメちゃんとは思えないシャープな推理だ。
「嘘をついたことは謝るし、今の生活が普通じゃないのは自分でもわかっている。でも君に俺を止める権利はないんじゃないかな」
 雨ちゃんは小さなため息をついた。そして手にしたスマホで俺のダイナブックのディスプレイを撮影すると、俺の顔に突き出した。
 そこには立ちあがっているはずの資産管理ソフトもデイトレのソフトも映っていなかった。代わりに映っていたのは、緑地のバックに七列に並んだ二〇枚ほどのトランプだった。
 遠い昔、こんな画面を見た記憶がある……ひょっとしてこれは。
「ソリティア!」
「その通りです。平さんはデイトレで稼いでいたっておっしゃっていましたよね? でもそれは幻覚なんです。実際は一日中ソリティアをやっていただけで、退職金はどんどん減っていっている」
 慌ててダイナブックを見直した。信じたくない。だが映っていたのはやはりソリティアだった。全身の力が抜けていく。俺は億り人どころか破産寸前だったんだ!
「なんでこんなことに……くそっ、失業のショックで頭がおかしくなっていたのかな」

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