9月10月と三連休が立て続けにありましたね。いかがお過ごしでしたか。私は、ずっと気になって、やりたくてやれてなかった念願の3つのことが達成できました(笑)。

1.掃除機を買う(音だけ大げさで吸わない機械を手放し、最新ダイソンが我が家に!)

2.エコバッグを整理する(バタやん、エコバッグ屋を開店するの?っていうくらいエコバッグが家中から出てきました)

3.映画館・美術館に行く(泣いたり、笑ったり、憤ったり、生々しい感情に集中できるのは“館”だけです)

なかでも3ができてないことはストレスのひとつでした。1と2の快適ぶりははどこかで書きますね。

この前の週末、足を運んだのはです。

六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展。2018.10.6(土)~ 2019.1.20(日)まで開催です。

カタストロフとは大惨事のこと。
阪神淡路大震災や東日本大震災、アメリカの同時多発テロなど、未曽有の災禍に対して、アーティストたちが何を感じ、何を発信・表現したのか。

「見ごたえがある」という表現は不謹慎かもしれません。でも全部見るのにすんごい時間がかかりました。

世界中、さまざまな災害があって、戦争があって、テロ、難民問題、環境破壊など……世界はカタストロフにあふれていて、ミゼラブルだ、と実感せざるをえません。

被害、凄惨な状況や暴力的な映像を目にするのが苦手、という話を以前に書いたのですが、アート作品は直接的な映像でない分、直視したり、長い時間向き合ったりすることができて、より心が揺さぶられます。

「アートになにができるのかじゃなくて、なにをするかだ」

というメッセージが館内に提示されているのですが、この展示会を実現させた人たちの強い思いを感じました。

編集長の大森も何度か語っているんですけれども(大草前編集長から大森編集長への引継ぎインタビューでも)、311の東日本大震災があって、ファッションの意味って? ファッション誌が提案してきた価値観って? とか、仕事の意義を見失う感覚がすごくあったんですね。

感性の幅の大きいアーティストの方たちの有事における喪失感たるや……。「未曽有の災禍に対して、アーティストたちが何を感じ、何を発信・表現したのか」と上に書きましたけれど、「何を発信・表現できなくなったのか」もきっともっとあるんだろうなと思いました。

写真撮影OKの展示も多いのが特徴。こちらはアイ・ウェイウェイの《オデッセイ》。この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際」ライセンスでライセンスされています。
関連書籍の展示ブースで手に取ったのがこちらの本。。「文明は新しい事故を発明する」と帯にもありますが、テクノロジーの進化は未知なる災禍や新しい犯罪を生み出し、“大惨事”を引き起こす。会場で読みふけってしまいました。

上の本は購入できるものではなかったので、買って帰ったのは、原田マハさんと高橋瑞木さんのです。

小説家でキュレーターでもある原田マハさんが「現在、もっとも注目されるキュレーターのひとり」と称する水戸芸術館現代美術センター・主任学芸員の高橋瑞木さんの対談形式の現代アート解説。

本書のはじめに、「どこからが“現代アート”か?」という問いがあり、はっきりした定義はないようなのですが、「第二次世界大戦後の美術」という説があるそうです。

それで腑に落ちました。アートって、未曽有の大惨事と切っても切れないんだなと。音楽だって、小説だって、ファッションだって、すべての創作物がそうかもしれません。

この本には、現代アートは何から入ってもいいし、何を感じ取ってもいい、たとえばこんな入り方がありますよ、ということがたくさんの作品・アーティストとお二人のとても理解しやすい解説とともに紹介されています。

「カタストロフ~」の展示でも、直接的に「反戦」を表現した作品もあるし、ただただモヤモヤと気持ちが悪い……という作品も多いです。なんでこれが私、気持ち悪いんだろう?と考えたり。その感情を含めて現代アートなのかもしれません。

今日、作家・本谷有希子さんのインタビューが公開になりました。とても印象的だったのは、本谷さんが「“なんか気持ち悪い”をそのまま読者に届けたい」という話をされていたんですね。(”なんか気持ち悪い”が詰まった新刊たくさんのひとに読んでいただきたくて、熱烈オファーして実現したインタビューなんです!)合わせてぜひお読みいただけたら嬉しいです。